認知症の方の流す涙には様々な理由が込められている

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私達は日頃生活をしている中で、「悲しい時」「寂しい時」「悔しい時」等、様々な場合に涙を流します。

中には「うれし涙」といった涙もありますが、そういったものは社会生活の中では少ないのではないでしょうか。

私が働いていましたグループホームでも、入居者の方達は様々な機会に涙を流されました。

軽度の認知症の方が多かったそのホームですが、入居者の方々はとても感情表現が豊かなので、多くの涙を見ることになったのだなと思っています。

また、涙の理由もとても素直な感情から流される、純粋な涙が多かったように感じています。

入居者の方の中で最も多く見られる涙は、「自宅に帰りたい・・」といった、家族や自宅への想いが湧き上がってきたことで流される涙でした。

また、入居者の方達で童謡や懐かしい歌謡曲などを歌う際に、両親や兄弟との幼いころの思い出、昔の幸せだった頃が頭に浮かび流される涙も多かったように感じます。

それは、認知症の方にとっては、今現在の記憶はすぐに忘れても、遠い子供のころの記憶ほど強く印象に残っており、思い出されるからだと思います。

そのため、私自身にとっても心の深くにズシンと感じる、本当に切ない気持ちの込められた、入居者さんのとても悲しい涙でした。

涙の重さ

私自身が仕事についた頃は、人の涙というものにあまり触れたことがありませんでした。

そのため、入居者さん達の素直な感情の表れである涙に驚き、初めの頃は特にこちらも涙を誘われることがよくありました。

私達が社会人として生きている場合、多くの人が涙を流すことを避けますよね・・。

認知症の方の涙は、嘘のない素直な涙が多く見られました。

もちろんこちらがどうみても、「あ、嘘泣きをしているな(笑)」と感じる涙もありましたが、それはそれで良いのではないでしょうか。

何よりも感情表現を素直にできる、私の働いていたグループホームは、入居者さん達にとって居心地の良い場所だったのではと今でも感じています。

また自分の心と認知症が原因で起こる感情のズレが、入居者さんご本人にはとても悲しく思うこともあり、「情けない」と流される涙もありました。

私達は認知症ケアとして上手に対応をしようとしますが、その結果としてご本人を悲しませてしまうこともあったように思います。

それが重なると、信頼関係に傷がつき、「どうせ嘘をついているんでしょ?」と言われることもあり、お見通しなのだなと感じました。

一番印象に残っている涙

そして、私が仕事をしていた中でも最も印象に残っている涙。

それが、職員としてはいつも穏やかな人柄で、とても人当たりのいいAさんです。

歩行が困難になっているため、日頃の散歩や外出の機会は決して多くはなく、説明をするとご自身もとても穏やかに納得下さるため感謝していた方です。

ある日遠足に行くことになりましたが、様々な事情がありその方は参加をされないことになりました。

特に不満を表すこともなく、納得をしてくださったように見えました。

そんな中、遠足に参加ができるようになり、それをお伝えした際に表された感情が、号泣をし顔をくしゃくしゃにして涙を流されている姿でした。

私達はこんなに我慢をされていたのか、いろいろと遠慮をされていたんだと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

日頃、他の面でその方のお世話をする機会が多く、そんな職員の対応を喜んでくださり、なるべく無理を言わないようにと気遣いをして下さっていたのではと反省しました。

遠足から帰ってこられた時には、「楽しかったですか?」と帰宅を待っていた職員に対して、「楽しかったよ」と話され、大変にうれしかった記憶があります。

穏やかな人当たりのいい方でも、心の中を想像して、望まれていることをきちんと対応できるようにする努力が必要だと感じた経験でした。

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